【誌上講義】熱力学ファンダメンタルズ

この記事は,映像講義「入試物理ファンダメンタルズ[熱力学]」の要点を誌上講義化したものです.

§熱力学の基本思考

力学には無かった概念である,温度と熱を扱えるようにするための単元です.言い換えれば,まずは温度と熱を求められるようになることが基本になります.温度を決定するのは,状態方程式であり,(理想気体の場合は)気体の体積が容器の容積に等しいこと,気体の圧力が気体を閉じ込めてある容器の可動部分(ピストンなど)のつりあいの式から決まることを合わせて利用します(モル数は問題設定で与えられる).また,熱を決定するのは,熱力学第1法則であり,気体の内部エネルギー変化が「公式」から求まること,気体が外部へした仕事が(力学的な定義に基づき)P-V図の面積から求まることを利用します.

【熱力学の基本思考】
① 理想気体の状態方程式(温度を求める)
  * 体積は,容器の容積に等しい.
  * 圧力は,ピストン等のつりあいで決める.
② 熱力学第1法則(熱を求める)
  * 内部エネルギー変化は,公式から.
  * 仕事は,P-V図の面積から.

※ 理想気体の内部エネルギーの「公式」がどのように決まるのか,も理論的には面白いところではある(講義内で触れる).
※ 理想気体以外の物体に対する熱力学の問題も,難関大においてわずかに存在しているが,理想気体の扱いを正しく学んでおけば同じように考えることができる.なお,J7のカリキュラムでは,『真の特講』でとりあげている.

◆はじめに

熱力学の分野では,理想気体(分子間力と分子自身の体積の影響を無視した仮想的な気体)の熱現象を通じて,温度と熱について学ぶ.

温度や熱は,日常的にも身近な量であるにも関わらず,力学では登場しなかった.それを扱えるようになることが熱力学の主要な目標となる.

受験対策に即して言えば,まずはとにかく,温度を求める手順と熱を求める手順を正確に運用できるようになればよく,それだけでもかなりの問題が解けるようになる.学習の見通しが立ちやすい分野とも言えるだろう.

※ なぜ温度や熱を学ぶのに,理想気体の熱現象を扱うのかというと,液体や固体と比べて,気体の性質が簡単だからである.例えば,一口に液体と言っても,水とエタノールと水銀のように性質が大きく異なるものをまとめて扱うのは難しい.一方で,常温・常圧の気体は,酸素であれ窒素であれ二酸化炭素であれ似たような振る舞いをする.それを単純化した理想気体は扱いやすく,熱力学の初歩を学ぶ素材として適しているのである.

◆理想気体の状態方程式

平衡状態(均一でムラのない状態)にある理想気体の状態は,圧力$P$,体積$V$,温度(絶対温度)$T$,物質量(モル数)$n$で指定することができ,それらの間には次の関係式が成り立つ:

$$PV = nRT~.$$

これが理想気体の状態方程式であり,比例定数$R\simeq 8.3\,\mathrm{J/mol\cdot K}$を気体定数と呼ぶ.

これより,物質量一定の条件下で,温度が一定であれば,圧力と体積が反比例する(ボイルの法則).また,圧力が一定であれば,体積と温度が比例する(シャルルの法則).化学ではそのような場合分けをして考える場合もあるが,物理ではそうはせずに,常に状態方程式に立ち戻って考えるようにした方が何かと便利である.

◆理想気体の内部エネルギー

理想気体がその内部に蓄えているエネルギーである内部エネルギーについては,公式を覚えておく.公式は,気体の種類によって異なるが,単原子分子理想気体と2原子分子理想気体の場合は次のようになる:

$$ U = \begin{cases} \dfrac{3}{2}nRT\text{(単原子分子)}~,\\[0.5em] \dfrac{5}{2}nRT\text{(2原子分子)}~. \end{cases} $$

気体が内部に蓄えているエネルギーと言われてもピンとこないかもしれないが,ばねが弾性エネルギーを蓄えるように,気体も内部エネルギーを蓄える,と理解するのがよい.例えば,ばねに物体を押し付けて放せば,物体は飛んでいく.このとき弾性エネルギーが運動エネルギーに変わる.一方で,シリンダにピストンで封入された気体に対して,ピストンを押し込んで放せば,やはりピストンは飛んでいくだろう.このとき内部エネルギーが運動エネルギーに変わったと解釈できる.

※ 3原子分子以上の理想気体は扱わない.
※ 公式の導出については,ここでは触れない.

《例》数値例

◆気体が外部へする仕事

圧力$P$の気体が,ピストン(断面積$S$)に及ぼす力の大きさは$PS$である.ピストンが$\varDelta x$だけ微小変位したとき,気体が外部へした仕事は次のようになる:

$$\varDelta W \simeq PS\varDelta x =  P\Delta V~.$$

ここで,この際の気体の体積変化を$\varDelta V=S\varDelta x$とした.

微小変化とは限らない一般の場合には,体積が$V_1$から$V_2$へ変化する過程で気体が外部へする仕事$W$は,次式となる:

$$W = \underbrace{\int_{V_1}^{V_2} P\,dV}_\text{$P$-$V$図の面積}$$

なお,圧力が一定のときには,単に,(圧力)×(体積変化)となる.

《例》数値例

◆熱力学第1法則

気体と外界の間で仕事や熱がやりとりされることで,気体の内部エネルギーが変化する.気体が外部へ$W$の仕事をし,$Q$の熱を吸収した結果,気体の内部エネルギーが$\varDelta U$だけ変化したとすれば,次式が成り立つ:

$$\varDelta U = -W+Q~.$$

これは,「仕事という形で$W$のエネルギーが流出し,熱という形で$Q$のエネルギーが流入したことにより,正味で$-W+Q$の分だけ気体の内部エネルギーが変化した」と解釈すればよい.広い意味でのエネルギー保存則を表すこの式を熱力学第1法則と呼ぶ.

なお,気体が外部からされた仕事を$W^*(=-W)$,気体が放出した熱量を$Q^*(=-Q)$として,次のような表現も可能である(が,もちろん丸暗記しようとしないこと):

$$\varDelta U = W^*+Q = -W-Q^* = W^*-Q^*~.$$

※ 熱力学第1法則の本当の意味については,ここでは触れない.

《例》数値例

◆「基本思考」のまとめ

熱力学の基本形は,理想気体の状態方程式から温度を求め,熱力学第1法則から熱を求めること.その際の考え方を整理する.

まず,平衡状態にある理想気体について,体積は容器の容積に等しい.また,圧力は容器の可動部分(ピストンなど)に働く力のつりあいから求まる.すると,状態方程式により温度を決定することができる.

※※ 熱力学の理論構成としては,圧力と体積と物質量は力学的に決定され,理想気体の状態方程式により絶対温度が定義される.
※※ よりストイックな立場では,熱機関の熱効率を用いて絶対温度を構成するが,それはもちろん大学レベルでの話

理想気体の状態方程式は,圧力,体積,温度と3つの未知量を含むため,状態方程式だけでは,気体の状態は決して決まらないことに注意.なお,物質量(モル数)は問題設定を通じて与えられる,と思っておけばよい.

次に,理想気体の状態変化について,外部へした仕事はP-V図の面積から求まる.また,内部エネルギー変化は「公式」から求まる.すると,熱力学第1法則により吸熱量を決定することができる.

※※ 理論構成としては,エネルギーと仕事の間の力学的な関係式$\varDelta U = -W$で説明しきれない「謎の」エネルギーの流れを熱と定義していることになる.
※※ 実は,内部エネルギーも力学的に測定することができるが,ここでは触れない

ちなみに,理想気体の状態方程式は高校化学にも登場するが,「力のつりあい」が範囲外であるため,圧力を決めるための条件が問題文中に与えられることになり,それを正確に読み取る能力が問われる.また,高校化学にも熱量を求める問題はあるが,「仕事」は範囲外であるから,主に比熱を用いる.化学の問題の解法と混同してしまうことで,物理の熱力学が苦手になってしまう受験生が多いので注意して欲しい.

§熱力学の例外処理

理想気体の状態変化において,基本思考で扱えないものは,断熱変化と非平衡状態を経るような過程(混合や拡散など)です.

断熱変化では,断熱変化でのみ成り立つポアソンの公式を用いることと,熱力学第1法則においてやりとりした熱量がゼロであるため,内部エネルギー変化から仕事が逆算できてしまうことが,例外的な処理として出てきます.

また,気体の混合や拡散,さらには攪拌など気体が非平衡状態(ムラのある不均一な状態)を経る過程では,(途中の非平衡状態の議論が出来ないので)はじめとおわりの平衡状態どうしを比べてエネルギー収支を考える以外の手がありません.なお,混合の問題ではモル数保存を忘れやすいので注意してください.

【熱力学の例外処理】
① 断熱変化
  ⇒ ポアソンの公式,内部エネルギー変化から仕事を逆算
② 非平衡を経る過程
  ⇒ 全体のエネルギー収支,モル数保存にも注

※ 断熱変化であっても,準静でないものは②での取り扱いとなる.
※ ポアソンの公式は,問題文で与えられることも多いが,覚えておくことを推奨.
※ 化学反応が起こる場合はモル数は保存しないが,入試物理では化学反応を扱わない.
※ 巷では,定積変化・定圧変化・等温変化・断熱変化といった分類をよく見かけるが解法の上ではナンセンスであることが分かってもらえると思う.前半3つは基本思考で扱い,断熱変化は例外処理の扱いになる.そもそも,圧力も体積も温度も変化することも多い.
※ 熱力学第2法則と関連して「時間の矢」についても,講義内で簡単に触れます.

◆「例外処理」の導入

熱力学の基本思考に収まらない例外処理は,断熱変化と非平衡状態を経る過程の2通りになる.

断熱変化とは,文字通り熱の出入りが一切ない過程のことである.

また,非平衡状態を経る過程とは,状態変化の途中で気体にムラが生じるような過程のことである.

◆例外処理①:断熱変化

理想気体の準静的な断熱変化では,次のポアソンの公式とよばれる関係式が成り立つ:

$$PV^\gamma = \text{const.}$$

ここで,$\gamma$は比熱比とよばれ,気体の種類によって決まる定数である(ここでは意味に深入りしなくてよい).単原子分子理想気体では$\gamma = \dfrac{5}{3}$,2原子分子理想気体では$\gamma =\dfrac{7}{5}$という値をとる.

また,断熱変化の場合には,熱力学第1法則が,次のような形になる:

$$\varDelta U = -W~.$$

つまり,熱のやりとりがないため,「気体が外部へ仕事をしてエネルギーを受け渡した分だけ,気体自身の内部エネルギーが減る」という式になる.これを用いれば,直接計算せずとも仕事が求まってしまう.断熱変化に限り,内部エネルギー変化から仕事を求めることができるというわけである,

※ 準静的とは,変化の途中でつねに気体が平衡状態を保つことを指す.準静的であることを「ゆっくりと」などと表現することもある.
※ 断熱変化であっても,準静的でない場合には,次節の「非平衡状態を経る過程」に応じた取り扱いをする.
※ 比熱比の定義については,後に詳しく扱う.

◆例外処理②:非平衡を経る過程

気体の混合・拡散・撹拌など,非平衡状態を経る(途中でムラが生じるような)過程は,途中経過の詳細を追跡することや,各部分のエネルギーのやりとりを議論することができない.そのため,はじめの平衡状態とおわりの平衡状態における状態方程式の他には,系全体のエネルギーの合計をはじめとおわりで比較することしかできない.そこで,非平衡状態を経る過程では,全体のエネルギー収支に注目するという方針を常識にしておく.

なお,混合の際は気体のモル数の合計が保存することにも注意.

※ 化学反応が起こればモル数は保存しなくなるが,高校の物理では化学反応は扱わない.

§熱力学の拡がり

ここでは,必須知識としてモル比熱熱機関の効率を扱い,また,微小変化における近似気体分子運動論についてもカバーします.どれも一度理解してしまえばなんてことのないテーマとはいえ,誤解の多いところです.問題数をこなす,というより,テイネイに学習することです(講師の腕の見せ所でもあります).基本と例外をマスターする前に下手に取り組むと大混乱になりがちですので,取り組むタイミングには注意してください.

《熱量学の計算問題について》
熱容量,比熱や潜熱を用いた熱平衡の計算問題については,いくつかの問題を見ておけば充分,ということでJUKEN7のカリキュラムには(現時点では)含めていません.各自で教科書や問題集の例題等に取り組んでおいてください.

◆モル比熱

物質量(モル数)$n$の気体の温度を$\varDelta T$変化させるのに必要な熱量が$Q$であるとき(気体が実際に熱を吸収するときに$Q>0$であるとする),モル比熱$C$を次式で定義する:

$$C = \frac{Q}{n\varDelta T}~.$$

つまり,モル比熱は,単位物質量の気体を単位温度変化させるために必要な熱量である(「1molの気体の温度を1K変化させるにに何J必要か」ということ).

※※ 熱を吸収して温度が下がれば,モル比熱が負になることもある.

理想気体の内部エネルギーを$U=nAT$と表せば($n$は物質量,$T$は温度,$A$は気体の種類で決まる定数),内部エネルギー変化は$\varDelta U = nA\varDelta T$と書けるので,気体が外部へする仕事を$W$として,次式が成り立つ:

$$C = \frac{\varDelta U+W}{n\varDelta T} = A+\frac{W}{n\varDelta T}~.$$

これより,モル比熱は,気体の種類のみでは決まらず,途中過程での仕事量によって異なることが分かる.

定積変化であれば,$W=0$ゆえ,モル比熱は$C_\text{V} = A$となる.これを定積モル比熱という.

一方,定圧変化であれば,$W=P\varDelta V=nR\varDelta T$($P$は圧力,$V$は体積変化)ゆえ,モル比熱は$C_\text{P} = A+R$となる.これを定圧モル比熱という.

以上の議論より,理想気体の内部エネルギーの比例定数$A$の値と定積モル比熱$C_\text{V}$の値は,どのような理想気体でも常に一致することが分かる.そのことから,定積モル比熱が与えられた場合に,内部エネルギーを,次式のように表すことができる:

$$U = nC_\text{V}T~.$$

※※ 現実気体では,$C_\text{V}$が温度依存するため,$U=n\int C_\text{V}\,dT$とすべきである.

また,定積モル比熱と定圧モル比熱の間には,次の関係式が成り立つ:

$$C_\text{P}-C_\text{V}=R~.$$

これをマイヤーの関係式という.

また,定積モル比熱に対する定圧モル比熱の比$\gamma$を比熱比と呼ぶ(比熱比は,準静的断熱変化におけるポアソンの公式に登場する):

$$\gamma = \frac{C_\text{P}}{C_\text{V}} = 1+\frac{R}{C_\text{V}}~.$$

《例》単原子分子理想気体のモル比熱を具体的に計算してみる.

◆気体の微小変化における仕事

一定量の理想気体が,圧力$P$,体積$V$の状態から圧力$P+\varDelta P$,体積$V+\varDelta V$の状態まで準静的に微小変化する過程を考える.2次の微小量を無視すれば,気体が外部へする仕事は次のようになる:

$$\varDelta W \simeq P\varDelta V~.$$

◆熱機関

高温熱源から熱を吸収し,低温熱源へ熱を放出して元の状態に戻り,その間に外部へ仕事をするような装置を熱機関・熱サイクルという.

1サイクルの間における高温熱源からの吸熱量を$Q_\text{in}$,低温熱源への放熱量を$Q_\text{out}$,外部へ正味でした仕事を$W_\text{cycle}$として,熱機関の熱効率$e$を次式で定義する:

$$e = \frac{W_\text{cycle}}{Q_\text{in}} = 1-\frac{Q_\text{out}}{Q_\text{in}}~.$$

ここで,1サイクルでの熱力学第1法則を考れば,次式が成り立つことに留意せよ:

$$ 0 = -W_\text{cycle}+Q_\text{in}-Q_\text{out} \qquad\therefore~ W_\text{cycle} = Q_\text{in}-Q_\text{out}~. $$

《例》数値例
《例》単純な熱サイクル