この記事は,映像講義「入試物理ファンダメンタルズ[原子物理]」の要点を誌上講義化したものです.
§ 原子物理の準備
電子にまつわる有名実験であるトムソンの実験,ミリカンの実験を扱っておく.基本的には電磁場中での荷電粒子の運動の問題とみなすことができるが,ミリカンの実験の考え方などは知らないとできないため,一度は触れていこう.また,電子の加速と単位eVについても学んでおく.
◆電子の電場による加速
この分野の実験において,電場中で電子を加速することがよくある.その際,「電子が${V}$だけ高電位の所へ走ると,運動エネルギーが${eV}$増える」ことは常識にしておきたい.
電子が${1\,\mathrm{V}}$だけ電位が高い所へ走るときに得る運動エネルギーを,${1\,\mathrm{eV}}$と定義する:
$$1\,\mathrm{eV} \simeq 1.6\times 10^{-19}\,\mathrm{J}~.$$
単位eVは,エレクトロン・ボルトと読む.この分野では,エネルギーの単位にeVをよく用いる.
◆ 電磁場中での電子の運動
◆ ミリカンの実験
1909年,ミリカンは,帯電させた油滴の電気量を測定することにより,電気素量の値を求めた(ミリカンの実験).
* 電気素量・素電荷とは,電子の電気量の大きさのことである
§ 光の粒子性
光子の運動量・エネルギーの公式を押さえて上で,光電効果とコンプトン効果を扱う.特に光電効果は,光電子が飛び出すメカニズムと,光電子のエネルギーの測定について共に理解しなければいけないことを注意.
◆ 光子
光(一般には電磁波)の回折や干渉は,光を波のように扱うことで,上手く説明できる.
一方で,光電効果やコンプトン効果など,光とミクロな粒子の相互作用を伴うある種の現象では,光子・フォトンなる粒子の集団と扱わなければならない.
振動数$\nu$,波長$\lambda = \dfrac{c}{\nu}$の光を光子の集団として扱う際,ひとつひとつの光子について,次式が成り立つ:
【光子のエネルギー・運動量】
$$ \begin{cases} \text{エネルギー:}E = h\nu = \dfrac{hc}{\lambda}~,\\ \text{運動量の大きさ:}p = \dfrac{h\nu}{c} = \dfrac{h}{\lambda}~. \end{cases} $$
◆ コンプトン効果
X線を物質に当てると,一部のX線の波長が伸びて出射する.この現象をコンプトン効果と呼ぶ.コンプトン効果では,光子と物質中の電子が弾性衝突すると考える.
◆ 光電効果①
よく表面を磨いた金属に,紫外線などの波長の短い光を当てると,電子が飛び出す.この現象を光電効果と呼び,飛び出してくる電子を光電子という.
光電効果では,1個の光子が1個の自由電子に吸収され,エネルギーを受け渡すと考える.
光電効果を,光の波動説で説明しようとすると以下のように上手くいかない.
当てる光の振動数が限界振動数より小さいと,いくら光を強くしても光電子は飛び出さない.一方,光の振動数が限界振動数より大きいと,光が弱くても光電子が瞬時に飛び出す.光を波として扱うと,振動数が小さくても,強さ(振幅)さえ大きければ,十分なエネルギーを電子に与え,飛び出させることができるはずである.加えて,エネルギーを与えるのに多少の時間がかかるはずであり,矛盾する.
また,光電子の運動エネルギーの最大値は,光の振動数で決まり,強さには依らない. 一方で,光の強さを強くすると,飛び出す光電子の数が増える.光を波として扱うと,時間さえかければ電子にいくらでもエネルギーを与えられるので,光電子の運動エネルギーに明確な最大値は存在しないはずであり,矛盾する.
◆ 光電効果②
光電効果の実験では,光電子の運動エネルギーを測定する.
§ 粒子の波動性
物質波(ド・ブロイ波)の公式を押さえ,干渉実験について扱っておく.X線と対比しつつ扱うとよいだろう.また,ブラッグ反射についても押さえておく.
◆物質波(ド・ブロイ波)
微視的(ミクロ)な世界では,電子などの微粒子が波(波動)のように振る舞うことがある.この波を物質波,ないしはド・ブロイ波と呼び,運動量の大きさ$p$の粒子の物質波長,ないしはド・ブロイ波長は,次式で与えられる:
【ド・ブロイ波長】
$$\lambda = \frac{h}{p}~.$$
高校物理では,物質波の伝わる速さや振動数には触れないこと.
質量$m$,速さ$v$の粒子について,次の書き換えが頻出のため,常識にしておきたい:
$$ \begin{cases}\text{運動エネルギー:}K = \dfrac{1}{2}mv^2 = \dfrac{p^2}{2m}~,\\[0.5em] \text{運動量の大きさ:}p = mv = \sqrt{2mK}~. \end{cases} $$
※ 電子のド・ブロイ波のことを「電子波」のように呼ぶこともある.
◆ ブラッグの条件
結晶にX線を入射すると,干渉模様が生じる.この現象をX線回折という.これは,結晶中の原子によって散乱・回折されたX線が干渉するからである.
強い回折が生じる条件は,隣り合う2つの格子面で反射されたX線どうしが同位相になることであることが知られている.この条件をブラッグの条件という.
このような回折現象は,電子波などの物質波についても観測されている.
§ 原子の構造
水素原子のボーアモデルをまず押さえる.量子条件・振動数条件を押さえた上で,スペクトルについて理解する.
また,水素原子の構造の延長線上に物質の内部構造を捉え,X線の発生のメカニズムについても学ぶ.
◆ 水素原子のボーア・モデル
ボーアは,2つの仮説を設けることにより水素原子の構造を説明した.
【ボーアの仮説】
量子条件:
軌道一周の長さが電子波長の整数倍となる(定常波を形成する)とき,定常状態となり電磁波を出さない.
振動数条件:
電子がある軌道から別の軌道へ移るとき,エネルギー準位の差に等しいエネルギーの光子1個をやりとりする.
水素原子に限らず,一般の原子内の電子の軌道半径はとびとびの値を取り,対応するエネルギーもとびとびの値となる.このように原子が実際にとりうるエネルギーの値をエネルギー準位という.その結果,原子から放出される光(電磁波)の波長は原子特有のものとなる.
※ 上記の量子条件の表現は,元々のボーアの主張である「電子の軌道角運動量の大きさが$\frac{h}{2\pi}$の整数倍である」を言い換えたものである.
◆ 水素原子のスペクトル
水素原子の出す光の波長$\lambda$は,$n$,$n’~(n'<n)$を自然数として,次式を満たす:
$$\frac{1}{\lambda} = R\left(\frac{1}{n'{}^2}-\frac{1}{n^2}\right)~.$$
比例定数$R$は,リュードベリ定数とよばれる.
◆ X線の発生
高電圧で加速した電子を物質に当てると,X線が発生する.生じるX線には,連続X線と特性X線・固有X線があり,それらの生じるメカニズムが異なる.
【X線発生のメカニズム】
連続X線:物質中で電子が減速されて,運動エネルギーを失う.そのエネルギーの減少分に対応した光子が放出される.放出される光子のエネルギーは,電子が持っていたエネルギーより小さい色々な値を持つ.
特性X線:高速の電子が原子に衝突して内側の軌道の電子をたたき出す.すると,空いた軌道へ外側の軌道の電子が落ちる.その際にそのエネルギー準位の差に等しいエネルギーを持つ光子が放出される.その波長は原子の種類で決まるため,固有X線・特性X線と呼ばれる.
§ 原子核
原子核にまつわる用語を押さえる(化学と被る部分も多い).原子核反応と原子核崩壊について扱う.
◆ 質量とエネルギーの等価性
質量$M$は,エネルギー$E=Mc^2$と等価である.
【質量・エネルギー等価性】
$$E=mc^2~.$$
◆ 質量欠損と結合エネルギー
原子核は,陽子と中性子が核力で結合してできている.陽子と中性子を合わせて核子とよぶ
原子核を${}^A_Z\text{X}$のように表す.原子番号$Z$は陽子の個数を表し,質量数$A$は,核子の総数を表す.Xは原子番号に対応する元素名である.
原子核には原子番号が同じでも質量数が異なるものがあり,これを同位体・アイソトープと呼ぶ.
原子質量単位を次のように定義する:
$$1\,\mathrm{u} = \frac{1}{12}\times\text{($^{12}_{~6}\mathrm{C}$原子の質量)}\simeq 1.66\times 10^{-27}\,\mathrm{kg}~.$$
原子質量単位を用いると,陽子の質量は$m_\mathrm{p}\simeq 1.0073\,\mathrm{u}$,中性子の質量は$m_\mathrm{n}\simeq 1.0087\,\mathrm{u}$となり,核子1個の質量は大体$1\,\mathrm{u}$程度となる.
原子核の質量は,それを構成する核子の質量の総和より小さくなる.その差を質量欠損という.原子核${}^A_Z\mathrm{X}$の質量を$M$とすれば,質量欠損は次式で表される:
$$\varDelta M = Zm_\mathrm{p}+(A-Z)m_\mathrm{n}-M~.$$
質量欠損と等価なエネルギーを結合エネルギーといい,次式で表される:
$$B = \varDelta M c^2~.$$
結合エネルギーは,原子核をバラバラの核子にするのに必要なエネルギーに相当する.
◆ 原子核反応
核力は陽子間のクーロン斥力より圧倒的に強いが,核子数個分程度のごく近距離でしか働かない.その結果,質量数60程度の原子核が最も安定となり,それより質量数の大きい原子核は不安定になる.質量数が60程度より小さい原子核は融合して,大きい原子核は分裂して安定な状態へ向かう.
原子核の反応では,核子数の和と電荷が厳密に保存し,運動量とエネルギーの保存則が成り立つ.なお,$\beta$崩壊などの電子が絡む反応以外では,陽子数の和も保存すると思っておいて差し支えない.
◆ 原子核崩壊
質量数が大きく不安定な原子核は,核分裂して安定な原子核へ向かう.その際に最もよく起こるのがα崩壊である.α崩壊では${}^4_2\mathrm{He}$原子核(α粒子)が放出され,原子番号が2,質量数が4減少する.
陽子に対して,中性子が過剰な原子核は,β崩壊を起こす.β崩壊では,電子(β線)と反電子ニュートリノを放出し,原子番号が1増加し,質量数は変わらない.
※ 高校物理では,反電子ニュートリノを省略することもある.
励起状態の原子核が,エネルギーの高い光子(γ線)を放出して,基底状態に落ち着く.これをγ崩壊と呼ぶ.γ崩壊では,原子番号も質量数も変わらない.
α崩壊の例:
$$ \begin{split} &^{226}_{~88}\mathrm{Ra} \longrightarrow {}^{222}_{~86}\rm{Rn}+{}^4_2\mathrm{He}\\ &^{232}_{~90}\mathrm{Th} \longrightarrow {}^{228}_{~88}\mathrm{Ra}+{}^4_2\mathrm{He}\\ &^{238}_{~92}\mathrm{U} \longrightarrow {}^{234}_{~90}\mathrm{Th}+{}^4_2\mathrm{He}\\ &^{239}_{~94}\mathrm{Pu} \longrightarrow {}^{235}_{~92}\mathrm{U}+{}^4_2\mathrm{He} \end{split} $$
β崩壊の例:
$$ \begin{split}&^{14}_{~6}\mathrm{C} \longrightarrow {}^{14}_{~7}\mathrm{N}+\mathrm{e}^- +\overline{\nu}_\mathrm{e}\\ &^{131}_{~53}\mathrm{I} \longrightarrow {}^{131}_{~54}\mathrm{Xe}+\mathrm{e}^- +\overline{\nu}_\mathrm{e}\\ &^{206}_{~81}\mathrm{Tl} \longrightarrow {}^{206}_{~82}\mathrm{Pb}+\mathrm{e}^- +\overline{\nu}_\mathrm{e}\\ &^{210}_{~82}\mathrm{Pb} \longrightarrow {}^{210}_{~83}\mathrm{Bi}+\mathrm{e}^- +\overline{\nu}_\mathrm{e}\\ &^{210}_{~83}\mathrm{Bi} \longrightarrow {}^{210}_{~84}\mathrm{Po}+\mathrm{e}^- +\overline{\nu}_\mathrm{e}\end{split} $$
核分裂の例:
$$ ^{235}_{~92}\mathrm{U}+{}^1_0\mathrm{n} \longrightarrow {}^{144}_{~56}\mathrm{Ba}+{}^{89}_{36}\mathrm{Kr}+3{}^1_0\mathrm{n} $$
核反応の例:
$$ \begin{split} &^2_1\mathrm{H}+{}^3_1\mathrm{H} \longrightarrow {}^4_2\mathrm{He}+{}^1_0\mathrm{n}\\ &^6_3\mathrm{Li}+{}^1_0\mathrm{n} \longrightarrow {}^4_2\mathrm{He}+{}^3_1\mathrm{H}\\ &^7_3\mathrm{Li}+{}^1_1\mathrm{H} \longrightarrow 2{}^4_2\mathrm{He}\\ &^{14}_{~7}\mathrm{N}+{}^1_0\mathrm{n} \longrightarrow {}^{14}_{~6}\mathrm{C}+{}^1_1\mathrm{H}\\ &^{14}_{~7}\mathrm{N}+{}^4_2\mathrm{He} \longrightarrow {}^{17}_{~8}\mathrm{C}+{}^1_1\mathrm{H}\\ &^{27}_{13}\mathrm{Al}+{}^4_2\mathrm{He} \longrightarrow {}^{30}_{15}\mathrm{P}+{}^1_0\mathrm{n} \end{split} $$
◆ 半減期
原子核崩壊において,はじめの原子核の個数を$N_0$,時間$t$後に崩壊せずに残っている個数を$N$とすれば,次式が成り立つ:
$$N = N_0\left(\frac{1}{2}\right)^{t/T}~.$$
核種で決まる定数$T$を半減期という.
◆ 年代測定
物体中に含まれる炭素などの同位体の割合を調べることにより,その物体がどれくらい前に形成されたものか推定できる場合がある.